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テクニカルノート(計算実例集)
分子動力学計算による高分子(芳香族側鎖を持つポリメタクリレート)の接着エネルギー評価
 材料開発の接着技術は、機能・性能の向上において、必要不可欠な技術です。これまで、水素結合や金属-配位子相互作用などによる化学的活性な被着体に強く接着させる技術が主で、ポリオレフィンなどの化学的不活性な被着体への接着は困難でしたが、我々の研究(https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsmacrolett.6b00265)において、芳香族側鎖を持つポリメタクリレート(H-アクセプター)とポリオレフィン(H-ドナー)の多点CH/π相互作用を利用した新規接着システムを開発しました。当システムにおいて、複数のフェニル基の導入は、ポリオレフィンに対する接着力を向上させる有効な手段でありました。
 今回は、その知見を活かし剛直棒状高分子であるポリ(トリチルメタクリレート),1と異なる高分子鎖運動性を示すランダムコイル高分子であるポリ(3,3,3-トリフェニル-1-プロピルメタクリレート),2とポリ(4,4,4-トリフェニル-1-ブチルメタクリレート),3を設計・合成し、ポリオレフィンに対する接着力を評価しました。この内容は、https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2017/ME/C7ME00022G#!divAbstractに掲載されています。
   

1. 分子力学(Molecular Mechanics, MM)法による熱的振動解析計算を用いたエントロピー算出
 下記3種類の芳香族側鎖を持つポリメタクリレート100量体ポリマーモデルを構築し、構造最適化(UFFレベル)計算の結果を1-3に示しました。1は棒状の構造(rod-like)を示しているのに対し、23の構造は、多数の折れ曲がった特徴を有する柔軟性の高い構造を示していました。


1-3の最適化構造

 得られた最適構造に対し、各温度(273.15K, 298.15K, 323.15K, 348.15K, 373.15K)における熱的振動解析計算を行い、ギブズ-ヘルムホルツの式( G = H - TS )より、S(エントロピー)を求め、温度(T)とエントロピー(S)の相関図を作成しました。ここでGは、ギブスエネルギー、Hはエンタルピーです。
 エントロピーは、温度が上昇するに従い上昇しています。これは、熱によりポリマーの構造変化のしやすさが上昇するためであると考えられます。そのため、321 の順に柔軟なポリマーであることが考えられます。


温度(T)とエントロピー(S)の相関図
   
2. 分子動力学(Molecular Dynamics, MD)法を用いた、ポリエチレンバルクと各種ポリマー100量体との界面相互作用エネルギーの計算
 次に1-3と基盤との分子吸着を調べるために、MDシミュレーションを行いました。シミュレーション条件およびシミュレーションプロトコルを下表に示します。
温度298.15 K
アンサンブル温度、体積一定(NVTアンサンブル)
温度制御Nose-Hoover法
サンプリング200 ps(そのうち系の平衡化に50 ps)
電荷AM1-bcc電荷
周期境界条件あり
力場Dreiding Force Field
クーロン力の計算Particle Mesh Ewald(PME)法
計算ソルバLAMMPS

 上記MDシミュレーションの結果、1はポリマー鎖と基盤との間で接触面積が大きい構造を形成していました。一方、23は激しい分子運動を繰り返したことで、基盤からの解離を引き起こし、基盤との接触面積が小さいランダムコイル構造を形成していました。  

最終構造のスナップショット

 そこで1-3の動的性質を調べるために拡散係数(Ds)を算出しました。1-3のDsを比較すると1のDsが一番低いと計算され、基板上での1の移動速度が一番遅いと考えられます。また、1H NMR分光法で確認された実験結果でも、1の半値全幅(FWHM)が最も大きく、移動速度が遅いことが示唆され、この結果は計算結果と一致しています。

entryDs(10-5 cm2 s-1)
10.0896
20.1697
30.1989


1H NMRの半値全幅と温度の相関図

 次に1-3が基盤表面に吸着する際のCH/π相互作用の形成を調べるために、1-3の芳香環のC原子と基盤表面のH原子の動径分布関数を算出しました。  1-3については、それぞれ2.82A、3.04A、3.10Aに大きなピークが観測され、距離が最も短いのは1でした。また、1-3の移動速度が速いと、平均距離は長くなっています。これは、エントロピー(s)と拡散係数(Ds)の増加に伴い、芳香環の自由度が増加するためだと考えられます。ここでの、第一ピークは、CH/π相互作用の平均距離に対応しています。


C-H間距離の動径分関数

 最後にMDシミュレーションにより1-3と基盤との平均の相互作用エネルギーを算出しました。下記より、1と基盤との相互作用エネルギーは、-56.1 kcal mol-1, と計算され最も安定に吸着しています。また、重ねせん断試験、標準テープ試験法(ASTM D3359)による、接着強度を評価した実験結果でも、1が最も強い接着力を示しており、計算結果と一致しています。
 
entryInteraction energy(kcal mol-1)
1-56.1
2-46.2
3-46.1
      
entryLap-shear test (MPa)Standard tape test (ASTM D3359)
11.11 ± 0.095B
20.71 ± 0.113B
30.51 ± 0.082B

 本検討では、分光学を用いた実験的手法と計算化学を用いた理論的手法を組み合わせ、ポリマーと化学的不活性なポリオレフィンとのCH/π相互作用による接着メカニズムを明らかにしました。また、MDシミュレーションにより得られる拡散係数(Ds)、動径分布関数(RDF)、界面相互作用エネルギー(ΔG)は、すべてポリマーと基盤との接着強度に必要なパラメータであることが分かりました。
 以上の結果より、我々のシステムにおけるH-アクセプターの有効な構造設計が、側鎖に複数の芳香環を有する剛直棒状高分子であると考えられます。  
 
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