色素分子のUV-VISスペクトル(紫外線-可視光吸収スペクトル)
UV-VISスペクトルは、対象物質の紫外線(UV)・可視光(VIS)領域の吸収波長を測定することにより得られるスペクトルです。UV-VISスペクトルは、その他のスペクトル同様、測定物質の同定や不純物の存在推定に用いられる他、その短い波長の吸収は、比較的高いエネルギーを必要とする分子内の電子遷移に起因するものであり、分子の電子的性質を特徴付けるのに非常に役立ちます。
量子化学計算では、基底状態において最適化された構造に対して、励起状態に至る電子遷移のエネルギーを、時間依存的な方法で計算し、これを波長に置き換えることでUV-VISスペクトルを得ることができます。この電子遷移に由来するエネルギーは主に紫外線・可視光の領域に相当し、概ね200~800(nm)までのスペクトルを得ることができます。
近年、クリーンな有機反応として注目されている光反応などの分野においては、反応物におけるUV-VISスペクトルを計算することで、光反応における紫外光の吸収ピーク波長を特定することができます。これにより、光反応で用いる紫外線の波長をピンポイントで調整するなど、効率的な合成を行うための反応設計に貢献することができます。
1. UV-VISスペクトルの吸収強度(モル吸光係数)と吸収ピークの算出
UV-VISスペクトルを算出するための励起状態計算では、電子遷移が行われ励起される軌道とそのエネルギー及び遷移確率が計算されます。これに基づきその軌道の励起における振動子強度(oscillator strength)を計算することができます。この振動子強度は、波長に対しその吸収強度を積分した値として与えられるため、吸収ピーク(ε:モル吸光係数)を求める際にはこれをガウス関数で微分する必要があります。fiは振動子強度(oscillator strength)、吸収ピーク(ε:モル吸光係数)の単位は、L mol-1 cm-1となります。
下記スペクトル図では、左軸に吸収ピーク(ε)、右軸に積分値である振動子強度を表示しています。半値幅であるσには0.4(eV)を用いて計算しています。
2. 色素分子のUV-VISスペクトル
本計算では、自然界に存在する代表的な染料について取り上げました。インディゴはジーンズなどに用いられる青色の染料、アリザリンは赤色の染料として知られています。下記に、量子化学計算により2物質のUV-VISスペクトルの算出を行った計算例を示します。
2.1 インディゴ indigo CAS:482-89-3
- UV-VISスペクトル(理論計算) 計算レベル:TD-B3LYP/6-31G(d)
インディゴは、実際には以下のように呈色します。
インディゴのサンプル(Wikimedia Commonsより)
2.2 アリザリン alizarin CAS:72-48-0
- UV-VISスペクトル(理論計算) 計算レベル:TD-B3LYP/6-31G(d)
アリザリンは、実際には以下のように呈色します。
アリザリンのサンプル(Wikimedia Commonsより)
インディゴ及びアリザリンの可視光吸収帯をまとめると以下のようになります。インディゴは、380~430nmの領域(紫色)の吸収が少なく、吸収の補色である紺~紫色を、アリザリンは、500nm以降の領域(緑~橙~赤色)の吸収少なく、吸収の補色である橙~赤色を呈することが予測できます。
- インディゴ・アリザリンの可視光吸収帯 計算レベル:TD-B3LYP/6-31G(d)