計算化学
- 量子化学計算
- 密度汎関数理論(DFT)計算
- 分子動力学(MD)計算
量子化学計算
理論計算で何が分かるの?
さまざまな解析が可能です。例えば、分子の安定構造(結合長や3次元構造)、生成熱、遷移状態の構造、活性化エネルギー、 分子軌道とそのエネルギー準位、イオン化ポテンシャル、電子親和力、電子密度、静電ポテンシャル、 双極子モーメント、様々なスペクトル(紫外可視吸収、IR、NMR)などが挙げられます。
有機化学者が「分子」を扱う際は、溶液状態や結晶状態のような凝集状態をターゲットとすることが多いのではないでしょうか。理論計算で得られるのは一般に孤立した単分子状態の情報です.凝集状態と単分子状態とでは、分子の安定構造などに違いが出ることも多いため、計算方法によっては、溶媒を考慮した計算を行うこともあります。しかしながら、溶媒の効果が反応基質に影響を与えるために、反応部位の本質が見えづらくなることがあります。従って、まずは真空中の孤立系から見ていくというのが計算の出発点になります。
一般的に、計算方法と基底関数を合わせて「計算レベル」としています。例えば、計算レベルがB3LYP/6-31G**であるとき、これは計算方法が密度汎関数法のB3LYPパラメータ使用で、基底関数が6-31G**である、という意味になります。以下で、計算方法の種類と、基底関数について簡単に説明いたします。
計算方法の種類
弊社で取扱う計算は、半経験的分子軌道法と非経験的分子軌道(ab initio)法、密度汎関数法の3つに大別されます。半経験的分子軌道法は、PM3やPM6に代表されるような手法で、複雑な積分計算を実験パラメータで置き換え高速化したものです。従って、取り扱う系によって、得意・不得意があり注意が必要です。
一方、非経験的分子軌道法は、HartreeFock法やMP摂動法、CI法と呼ばれるものがあり、これらの手法は積分計算を数学的近似手法で解くため、適用範囲は広がりますが、系が大きくなるにつれて、計算時間が指数関数的に増大する傾向にあります。コンピュータ性能の向上により、計算時間に関しては年々速くなってきており、適用可能な分子系も広がりを見せています。
上記の非経験的分子軌道法は、系に含まれるすべての電子と、その周辺にかかる力(外部ポテンシャル)が系の電子的性質を決めるというのが基本的な考え方であるため、電子数に比例して計算に用いる変数の数が増加します。これは、電子数に応じて、指数関数的に計算時間が増加することを意味しています。一方、「電子密度が電子と外部ポテンシャルを決定し、系の電子的性質を定める」と発想を逆転させた考え方が、密度汎関数法と呼ばれる手法です。密度汎関数法では電子数が増加しても変数の数は変わらないため、無数の電子を含む結晶状態系にも適用できるという特徴があります。密度汎関数法にもいくつかパラメータがあり、B3LYPやPW91が実際の応用計算によく用いられています。
基底関数とは?
実際に計算をする際には、上記の計算方法と組み合わせて「基底関数」と呼ばれるものを使います。この基底関数は数種類あるので、系や計算時間の兼ね合いで適切に選ぶ必要があります。基底関数とは、電子を収容する軌道を数学的な式で表現したものです。例えば、水素原子は有機化学的には1s軌道に1つの電子が入っているとしか考えませんが、実際には1s軌道の外側にその電子が存在したり、2sあるいは2p軌道にその電子が広がって存在したりしている確率もあります。従って、計算をする上で「電子をどのような大きさや形,どの軌道に収容するか」を考えなければなりません。軌道の大きさや広がり方を「どこまで考慮するか」により基底関数は数種類に分けられます。もちろん、柔軟性に富んだ基底関数(レベルの高い基底関数)を用いた方が、計算精度は向上する傾向にあります。しかし、基底関数のレベルを上げすぎると、計算に莫大な時間が費やされることになります。
基底関数は大きく分けると、最小基底系、スプリットバレンス基底系、分極基底系の3種類に分類されます。
最小基底系は、最小限の軌道のみを考慮した基底関数です。水素原子ならば1s軌道のみ、炭素原子ならば1s,2s,2p軌道のみに電子が収容されている、と考えます。その代表の基底関数がSTO-3Gとよばれるもので、電子の挙動を3個のガウス関数(3G)で表した関数です。STO-3Gでは、水素、リチウム、ホウ素、炭素など周期表の左側に位置する価電子の少ない原子では実験値と良い一致を示しますが、酸素やフッ素など周期表の価電子の右に位置する原子を持つ分子では誤差が大きくなることが経験的に知られています。
スプリットバレンス基底系は、1つの軌道の中で大きさの違う関数を2つ以上持たせるようにした基底関数です。最小基底系と比べ、同じ1s軌道を表現する場合でも、大きさの違う複数の1s軌道を持っているほうがより柔軟な(広がった)軌道を描写することができ、計算の精度が上がることが期待できます。 実際の計算では、3-21Gや6-31Gと呼ばれる基底関数がよく用いられます。
分極基底系は、形の異なる軌道も持つと考慮した基底関数です。水素原子の場合だと、1s軌道の他に2p軌道も持つとします。また、炭素の場合は1s,2s,2p軌道に加えて3d軌道も持つと考えることになります.こうすることにより、電子が存在できる場所をより広く記述することができ、基底関数の柔軟性がさらに増すことを意味しています。実際の計算では、6-31G(d)や6-31G(d,p)がよく用いられます。これらはそれぞれ6-31G*, 6-31G**と書くこともありますが、どちらで書いても意味は同じです。6-31G(d)とは、スプリットバレンス基底系である6-31Gの基底関数において、水素以外の元素にd軌道の関数を加えたものになります。6-31G(d,p)とは、6-31G(d)の基底関数の水素原子にp軌道の関数を加えた、という意味になります。
上記の3種類の基底関数に加えて、分散関数(膨潤関数)というものがあります。分散関数を上記の基底関数系に取り込むと、その基底系の柔軟性を更に広げることができます。ただしその分、計算時間が飛躍的に増加します。例えば、6-31G(d)に分散関数を取り込んだものは、6-31+G(d)と呼ばれます。これは水素以外の元素に分散関数を考慮したものになります。水素原子にも分散関数を取り込んだものは、6-31++G(d)と呼ばれます。実際の所、水素原子に分散関数を取り込んでも計算精度にはあまり影響しないことが知られていますが、分極率を求める際には水素原子も含めることが重要であると言えます。
基底関数はどう選ぶ?
実際の計算の際には、目的に応じた計算法と基底を組み合わせて計算を行うのが理想です。では、実際に計算を行うに当たってどの計算法と基底を用いればよいのでしょうか?お客様にとっては、ここが一番の悩みどころだと言えます。有機物の場合、分子量が200~300程度までだと、計算方法にB3LYPかMP2に6-31+G(d,p)を組み合わせることが多いでしょう。それ以上の分子量になってくると、計算方法がB3LYPだと6-31G(d,p)、MP2だと6-31G(d)を組み合わせるのが精度と計算時間の両面から妥当であると言えます。また,重要なこととしては、負電荷を持つ化学種や励起状態の計算の際には分散関数を取り入れることをお勧めいたします。これらの化学種は、電子が核からかなり離れた所に存在する確率が増すため、広がった基底関数の適用が必須となるからです。
反応解析について
反応解析とは遷移状態(TS)を観測することにあります。TSを観測することで、反応に関する実に多くの情報を手に入れることができます。しかしながらこのTSは、実験的にモニタリングすることができません。CASS技術を用いた理論計算により、TSをエネルギー・3次元構造と共に観測することが可能となります。
TSから得られた、エネルギーの情報は、活性化エネルギー = 反応温度・圧力・速度、安定化エネルギー = 生成物の安定性・選択性・収率 に対応します。また、構造の情報は、分子の三次元的な形や嵩高さを明らかにし、分子設計・反応設計・触媒設計等に役立ちます。
反応解析の適用例
適用例 :合成経路絞込・反応制御法の開発
抗菌剤合成の光延反応経路についてCASS技術による解析を行った結果を示しています。主生成物・副生成物を明らかにし、実験結果とも良い一致が得られています。
光延反応による合成経路。
ポテンシャルエネルギーの比較により、8の経路が進行すると判断できます。
活性化エネルギーの差により、21の経路が進行すると判断できます。
1 (major) + 4 (minor) が得られると推算され、実験結果と良い一致が得られました。
CASS技術について
CASS(Computer Aided Synthesis)技術は、弊社TSテクノロジーが提唱している技術体系で、CAD/CAM/CAEの化学版とも言える「コンピュータを用いて化学合成を支援する技術」です。化学合成の世界でもコンピュータの力を借りることにより、これまで分からなかった問題の解決や、理論データに裏付けられた効率的な研究開発が可能になります。高速並列コンピュータを用いて、膨大な量子化学計算を実行し、解答を導き出します。
(限られた経路探索、膨大なトライアンドエラー)
CASS技術の適用範囲
分子イメージング物質合成
蛋白質の機能解析(反応中心)
ハロゲン代替溶媒開発
有機材料開発
化学反応の動態分析と制御
最適化プロセスの追求
高信頼性・高安全性の実現
分子動力学(Molecular Dynamics)計算
分子動力学計算で何が分かるの?
分子動力学(MD)計算は、生物学、材料科学、薬学、環境科学など、多岐にわたる分野に適用できます。
MDシミュレーションを用いることで、原子や分子の動的な挙動や相互作用の解析により、新しい材料の設計や、既存材料の改良の指針を得ることに繋がります。
例えば、材料分野においては、ポリマー、金属、複合材料など、様々な種類の材料における以下のような特性を解析できます。
- 輸送係数、熱力学的性質
密度、比熱、表面張力、飽和圧力、粘度、誘電率、熱伝導率、エントロピー、ガラス転移、沸点、融点、拡散、溶解度等の評価が可能です。 - 機械的強度
引張強度、圧縮強度、及び延性などの機械的性質を分子レベルで評価や可視化することができます。 - 電子的特性
電子材料や半導体の分野においては、結晶、表面系の様々な物質の状態における電子や原子構造の解析により、表面エネルギーや吸着エネルギーの評価が可能です。
MDシミュレーションの適用スケール
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第一原理MDシミュレーション
第一原理MDシミュレーションは、電子・原子核など、互いに相互作用する粒子群に対するシュレディンガーの波動方程式を時間発展しながら解いていく方法で、電子の移動を伴うような系にも適用でき、精度の高い計算が可能ですが、莫大な計算量による制限から、数原子〜数百原子程度の範囲での利用となります。 -
全原子MDシミュレーション
原子・分子の運動は、ニュートン力学の方程式に従って計算され、相互作用は力場という簡便な関数形で表現することで、波動方程式を解くことなく運動の時間発展を求めることが可能です。電荷の取り扱いも、各原子に対して原子点電荷の値を予め決めておくため、電子の移動を伴う表現はできませんが、マクロな物性値としての輸送係数や熱力学的性質や物理吸着・接着エネルギーの評価等ができます。数千原子〜数十万原子程度のスケールに適用可能で、ある程度の大きさのポリマーの特性も評価できます。 -
粗視化MDシミュレーション
粗視化MDシミュレーションは、複数の原子をひとまとめにして大きな粒子として扱います。これにより、全原子モデルよりもはるかに大きな時間と空間のスケールでMDシミュレーションを行うことが可能で、例えば、細胞膜のダイナミクスや、相分離構造の評価などに適しています。
このように、MDシミュレーションはその適用範囲の広さと、豊富な解析手法により、計算化学の産業利用における強力なツールであると言えます。
上記のMDシミュレーションの手法毎に、種々の近似手法や力場パラメータが存在しており、目的に応じた計算手法とシミュレーション条件の設定が重要となります。 弊社の受託研究サービスでは、お客様のご希望に合わせた最適な計算モデルを提案いたします。